学校から帰ってきて鞄を机の脇に置いてそのままベッドにぽすんと横になる。
携帯を開いてマナーモードを解除して枕元に置く。
そして、仰向けになって天井を見た。

佐々木君の告白を断るつもりだったのに週末に入った遊園地デート。
香菜はふーとため息を吐く。
嫌なわけではない。
ただこれでよかったのかなと思うのだ。
佐々木君に酷いことをしているんじゃないかって。
昼休みに佐々木君と遊園地へ行くことになったことを都に話すと、都はいいんじゃない?とあっけらかんと言った。
今日の朝に断ると宣言した手前、都に呆れられるんじゃないかって思っていたのに拍子抜けな答え。
佐々木君の言っていた『お互いをもっと知るきっかけ』というのには都も賛成らしい。


『土曜日は明後日か。なにを着て行こう』


香菜は起き上がってクローゼットを開き、簡単に服をチェックする。


『スカートにしようかな。あ、でも遊園地だし、ジーンズの方がいいのかな。都に相談…ってなにやってるんだろう』


香菜は苦笑する。
なんだかんだ言って、佐々木君とのデートを楽しみにしている自分がおかしかった。
男の子と2人で遊ぶのは初めてだ。
これぞ本当の初デート。
ちょっとどきどきしてきた。

香菜はクローゼットを閉めて、制服から部屋着に着替えようと胸元の赤いリボンを解く。
その時に携帯が鳴った。この音はメールだ。
香菜はさっさと着替えて携帯を手に取る。
ベッドに腰を掛けて携帯を開くと、案の定、画面にメールの受信マークが表示されていた。
誰だろうと思いながらメールの受信箱を開くと、香菜は思わぬ名前に少し驚く。
佐々木君だ。
題名には律儀に『佐々木博人です』と書いてある。
佐々木君らしくて香菜は微笑む。
『学校お疲れ様!土曜日の遊園地について決めようと思ってメールしました。9時に駅で待ち合わせでどうかな?』
本分も男の子らしく絵文字や顔文字などなく佐々木君らしい。
香菜はメールの返事をどう返そうかなと思いながら、メールの作成画面を開く。
『メールありがとう。9時に駅で待ち合わせで大丈夫です。楽しみにしてるね』
と打って、もう一度読み直す。
『楽しみにしてるね』の一文がなんとなく引っかかった。
ここで私が『楽しみにしてるね』と送るのは、いいことなのかな。
でも、遊園地は楽しみだし…
画面を見つめたまま固まってしまう。
すると玄関の扉が勢いよく閉まる音がして、続いてどたどたと階段を駆け上ってくる足音が聞こえたと思ったら部屋の扉がばーんと勢いよく開いた。
そこにはスポーツバックを下げたまま、息を切らせた弟の圭一が立っていた。


「圭一?どうしたの?」


香菜は驚いて尋ねると、圭一は部屋の扉を閉じてスポーツバックを床に置くと香菜の目の前まで迫ってきた。
香菜は僅かに仰け反る。


「ねーちゃん!佐々木先輩に告白されたってほんと!?」


香菜は目を見開く。顔を僅かに赤く染めた。
どうして圭一が知っているのか。


「今日の部活に3年の先輩達が来て、佐々木先輩のこと冷やかしてたんだよ」


圭一は香菜の横に座る。
香菜は口をぱくぱくさせて圭一を見た。
顔はもう真っ赤になっている。
そうだ。佐々木君と圭一は同じサッカー部だった。


「その顔はほんとだね。じゃあ、一回断ったってほんと?」


圭一が怖い顔で香菜の事を見る。


「あんた、なにか言われたの?」

「言われないよ!佐々木先輩はねーちゃんにフラレたくらいで俺になにかするもんか」


香菜は内心ほっとする。自分のせいで弟の圭一が部活で居心地が悪くなるようなことになったらと一瞬不安になったが、佐々木君がそのような人ではないことは香菜も承知していた。


「なんでフったんだよ。あんなに良い人はなかなかいないのに!もったいねーな」


圭一は香菜に詰め寄るように言う。
香菜は僅かに仰け反る。
そんな香菜に構わずに圭一は更に言い募る。


「佐々木先輩は俺の憧れなんだ!サッカー上手いし、後輩に優しいし。だから、ねーちゃんに告白したって聞いた時は驚いたけどさ。佐々木先輩もおかしな趣味してると思うよ。ねーちゃんなんかよりもっと良い人いると思うのに。例えばマネージャーの加賀谷先輩とかさ!なんでねーちゃんなんだろ」


そう言って、腕を組んで悩んでいる圭一。
普段はあまりしゃべらない圭一が今日はやけに口数が多いので驚いていた香菜だったが、言われた内容に気がつき口を尖らせる。


「なによ。自分の姉のことをよくそんな風に言えるわね」


圭一はきょとんと香菜のことを見る。


「ねーちゃん、なんで佐々木先輩のことフったの?」


真顔で聞いてくる圭一に香菜はたじたじになる。


「な、なんでって…なんで圭一に理由を言わなくちゃいけないのよ」


香菜は髪を耳に掛けながら圭一から目を逸らす。
『他に好きな人がいるから』なんて実の弟に言える訳がない。
それでも圭一は引き下がる様子はなく詰め寄ってくる。


「だって佐々木先輩をフル理由なんて相当だろ?他に好きな人がいるとか」


香菜はぎくりとする。我が弟ながら感が鋭い。
あっと圭一が閃いた表情をして、香菜の顔が僅かに引きつる。


「ねーちゃん、他に好きな人いるの?」


香菜は首を勢いよく左右に振る。


「だよなー。佐々木先輩がねーちゃんに好きな人いるかって聞いてきたからさ、聞いたことないって言ったんだ。ねーちゃんに男がいる様子ないもんな」


圭一はおかしそうに声を立てて笑う。男の子にしては少し高めの声が部屋に響く。
圭一は気がすんだのかベッドから立ち上がる。


「ねーちゃん。なんで佐々木先輩をフったのか分かんないけどさ、考え直したら?あの人はほんとに良い人だよ。俺、佐々木先輩なら良いと思う」


圭一は床に置いたスポーツバックを持ち上げて、僅かに振り向いた。


「佐々木先輩はねーちゃんのこと大事にしてくれそうだし。そんだけ!」


そう言うと、圭一はそそくさと部屋を去っていく。
僅かに赤らんだ横顔が見えて、香菜はくすりと笑う。
圭一は圭一なりに私の事を心配して考えてくれていたんだなって思ったら嬉しかった。
香菜は改めて携帯を手に取って文面を眺めると、そのまま送信ボタンを押した。












---コメント---
第9話〜。
香菜ちゃんには弟がいたんですね。
やっと出てきてくれました。圭ちゃん!!




2011.2.13

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