コーヒーの芳香な香りと煙草の香りが混じり合う大人な匂い。
先生が香菜にコーヒーを入れて渡してくれた。


「ミルクと砂糖いるなら使って」


香菜は軽く礼を言って受け取り、砂糖とミルクに手を伸ばす。
コーヒーに砂糖を入れてミルクを入れれば濃い茶から淡いベージュへと変わる。
その変化に香菜は僅かに微笑みを浮かべる。
そっと先生を見れば先生はコーヒーをブラックで飲んでいて大人だなと思った。


「少しは落ち着いた?」

「すみません…泣いたりして」


あのあと泣きやまない香菜を特別棟にある先生の準備室へと連れてきてくれた。
さすがに着く前にはもう泣きやんでいたけれど。

香菜は目の前にあるコーヒーに口を付ける。
甘いけれどまだ少し苦い大人の味。
静かな部屋。先生は何も聞いてこないし、何も話さない。
気を使ってくれてるのかな、とか思うけど居たたまれない。
先生は今何を思ってるのかな。
泣いちゃったし、めんどくさい…とか思ってるのかな。
香菜は少しずつ落ち込んでくる。


「で…何があったの?…言えるなら、でいいからな」


その一言に香菜は顔を上げた。
先生の顔は真面目な表情で。香菜の事に耳を傾けようとしてくれていた。
そんな先生に香菜の不安は払拭される。それと同時に嬉しさがこみ上げる。
香菜は微笑んで、手に持ったコーヒーに目を落とす。


「私…佐々木君に告白されたんです」


先生は何も言わない。
でも聞いてくれていることだけは伝わってきた。


「付き合ってほしいって」


香菜は手の中にあるカップを僅かに揺する。
そのあと黙ってしまった香菜に先生が尋ねる。


「竹内はどうしたいの?」


香菜はふと顔を上げた。
先生はコーヒーを飲む。そして微笑んだ。


「竹内は、佐々木と付き合いたいの?付き合いたくないの?」


香菜は先生をそっと見つめた。
そしてまたコーヒーに目を落とす。


「佐々木君の気持ちは嬉しかったけど…私、好きな人、いるから…」


香菜は先生の反応が気になって先生を伺い見る。
しかし先生の表情は普通だった。
それに香菜は寂しそうに微笑む。


「竹内が誰を好きなのかは知らないけど、竹内に好かれてたら嬉しいんじゃない?」


香菜は不思議そうに先生を見る。
その表情を見て先生は笑う。


「竹内、可愛いんだし」


その一言に香菜の表情は綻ぶ。
嬉しかった。お世辞でも、励ましでも、先生に『可愛い』と言われたことが素直に嬉しかった。


「でもきっと『好きだ』って言ったらその人、困っちゃうから」


今度は先生が不思議そうに香菜を見た。
そんな先生に香菜は微笑む。
そして手に持っていたコーヒーを一気に飲み干す。


「私が好きな人は『教師』だから」


それを聞いた先生は僅かに驚いたようだった。
香菜は先生に笑みを浮かべる。


「話し聞いてくれてありがとうございました。…あとコーヒーもごちそうさまでした」


香菜は会釈をして教室を後にした。
残された先生は香菜の去って行った扉を見つめていた。


「教師ね…」


先生は余っていたコーヒーを一口飲む。


「苦いな…」












---コメント---
第6話〜。
香菜ちゃんの切ないお話です。




2009.12.10

>>andante・目次
>>Top