体育館と特別棟を繋ぐ通路。
昼休みの特別棟に生徒は近づかない。
静かだった。
約束の場所に着いた香菜は辺りを見回す。
佐々木君はまだ来てはいないみたいだ。
香菜は少しほっとした。
香菜は塀に寄り掛かる。
さっきの数学の授業を思い出す。
一度も見れなかった先生の顔。
先生と生徒。
私は、このまま先生を好きでいていいのかな。
香菜は空を仰ぎ見る。
青く澄んだ空。
香菜はぼーっと空を眺めていた。
「竹内さん」
その声に香菜は特別棟の入り口を見た。
そこにいたのは佐々木君。
香菜は慌てて姿勢を正す。
「ごめん、待った?」
「ううん。私も今来たところだから…」
香菜が手を振ってそう言うと、佐々木君は安心したようによかったと言って笑った。
同い年の男の子。
佐々木君の笑顔は可愛いと思った。
「急に呼び出してごめんね」
香菜は首を振る。
少しずつ恥ずかしくなってきた。
「竹内さん、今好きな人…いたりする?」
香菜は佐々木君の顔を見た。
真剣な少し緊張したような表情。
いつも笑っている佐々木君の初めて見る表情。
そして脳裏に浮かぶのは先生の笑った顔。
「いないかな…」
香菜は嘘をついた。
好きな人はいる。だけどそれは『言えない人』だから。
「そっかっ」
香菜の返事を聞いて、佐々木君は満面の笑みを浮かべる。
その笑顔は本当に嬉しそうで。
香菜は思わずドキッとする。
「竹内さん。去年同じクラスだった時のこと覚えてる?」
香菜はきょとんとして佐々木君の顔を見る。
それを見て佐々木君は香菜から視線を逸らした。
「俺さ、去年の夏に足を挫いて、サッカー出来なかった時期があったでしょ?」
香菜はこくんと頷いた。
試合中の怪我だったけ…と香菜は思い出す。
「2年の夏ってさ、俺にとって大事で、俺結構へこんでたんだ。俺が抜けた穴を埋めるために新しいレギュラーが入るのも当たり前なのに、悔しくてさ」
佐々木君は寂しそうに笑った。
そして佐々木君は逸らしていた目を香菜に向ける。
その瞳が真剣で、香菜は目を逸らせなかった。
「そんな時にさ、竹内さんは言ってくれたんだ
『怪我、大したことなくてよかったね。またサッカー出来るんでしょ?』
って、笑顔で。その時、俺気が付いたんだ。目の前しか見てなかったって。サッカーができない今しか見えてなかった。だけど、竹内さんにそう言われて、なんか目の前が開けたんだ。もうサッカーができなくなるんじゃないんだって。だったらできるようになったらまた挽回すればいいんだって。それから、竹内さんの事が気になりだして、目で追う様になってた」
香菜はかぁぁと赤くなる。
佐々木君はそんな香菜に優しく微笑む。
「気づいてなかったでしょ?竹内さん」
申し訳なさそうに佐々木君を見つめる香菜。
そんな香菜に佐々木君は笑った。
「竹内さんを知れば知るほど好きになっていった」
香菜は最早なにも言えず、顔を真っ赤にして俯くだけだった。
佐々木君の気持ちが嬉しい。
そこにちらりと先生の顔が浮かぶ。
香菜はこんなときにまで先生を思い出してしまう自分がいやだった。
「竹内さん、好きです。よかったら俺と付き合ってくれませんか?」
佐々木君が僅かに頬を染めて言った。
香菜は瞳を揺らす。
佐々木君の気持ちは嬉しい。
だけど、私が好きなのは…
「あれ?竹内?何やって…」
突然割り込んできた声。
香菜と佐々木君ははっとその声のした方を見た。
「橋本…せんせ…」
「あれ、佐々木も…。悪い。邪魔したか…?」
先生は申し訳なさそうに頭を掻く。
佐々木君は先生から香菜に視線を戻す。
そして香菜の頭に優しく触れ、耳元で囁く。
『返事は今度聞かせて』
香菜はかぁぁと顔を赤くして佐々木君を見上げる。
すると佐々木君は優しく微笑み、先生が立っている特別棟の入口を通り過ぎる。
先生の脇を通り過ぎる際に人の良さそうな笑みを浮かべて会釈した。
残されたのは香菜と先生。
香菜は顔を上げられなかった。
「竹内、悪かった。邪魔だったか?」
香菜は困惑したように顔を上げた。
そして香菜は首を振って微笑んだ。
「なんか…竹内が困ってるように見えたから」
それを聞いて香菜は先生を見る。
そこには困ったような笑顔を浮かべた先生がいた。
「勘違いだったら、ごめん」
私が困っているように見えたから、声を掛けてくれたの?
私を助けてくれたの…?
香菜の瞳からぽろぽろと涙があふれ出す。
それに先生が慌てて香菜の近くまで駆け寄って来た。
困った様に香菜を見つめている。
「ごめん…竹内、俺…」
「先生は…悪くないから…」
優しい先生
やっぱり私は、先生が好きだ―――――
---コメント---
第5話〜。
私は佐々木君が好きだ(笑)
でも香菜ちゃんが好きなのは橋本先生なんですね。
2009.12.5
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