月曜日。いつものように駅で都と待ち合わせをして、いつものように学校へ行く。
登校の道のりは都からの佐々木君とのデートに関する質問攻めだったけれど、いつもと変わらない朝だった。
いつもと変わったのは下駄箱でローファーと上履きを履きかえる瞬間からだった。


「ちょっと香菜!」


少し興奮気味の声で呼ばれて香菜は上履きを片手に振り返ると、2年生の時のクラスメイトの倉田さなえと村上美夏が立っていた。


「おはよう。どうしたの?」

「どうしたの?じゃないよ。香菜も教えてくれればいいのに。いつから佐々木君とつき合ってたの?」


さなえの質問に香菜と都が顔を見合わせた。
絶句している香菜に変わって都が尋ねる。


「えっと…まず、どうして香菜と佐々木君がつき合ってるって思ったわけ?」

「だって遊園地に行ったんでしょ?2人で」


香菜と都は再度顔を見合わせた。
香菜の顔は青いのか赤いのか何とも言えない顔色をしていた。


さなえ達と別れた香菜と都は教室に向かって歩いていた。
教室に向かうにつれて同学年の子が増えて行くのは当たり前で、皆がそわそわと香菜に視線を向けている。
この受験期の憂鬱とした空気の中へ、突如放り込まれたゴシップに生徒たちは寄って集って喰いついたらしい。


「こりゃだいぶ広まってるね」

「やめて」


都が少し楽しそう言うと、香菜は弱々しい声で答える。
そんな香菜を見兼ねて都は香菜の肩を優しく叩いた。


「まぁ、確かに土曜日の遊園地なんて誰かが目撃しててもおかしくないよね。でも、ほら。人の噂もなんとやらじゃない?気にしない気にしない」

「…都ちゃん、顔が楽しそう」


満面の笑みを向ける都に香菜はため息をついた。





こんな日に限って1限目から数学だった。
気乗りしないまま香菜は教科書を眺める。
今日は先生の顔が見れないどころか、この場にいることさえ苦痛だった。
早く授業が終わることを祈っていた矢先。


「今日はノート集めるぞ」


香菜は思わず顔を上げた。


「日直は…竹内か」


香菜の顔色が真っ青に変わった瞬間を都は見逃さなかった。



集めたノートを抱えて香菜は先生の一歩後を黙々と歩く。
休み時間の賑やかな雰囲気とは対照的に香菜の気持ちは深く落ち込んでいた。
ついてない時はとことんついていないものだ。

特別棟に繋がる廊下まで来ると生徒たちの姿も疎らになった。


「佐々木と遊園地に行ったんだって?」


香菜の顔が僅かに引きつる。
どうして知っているんだと顔に思いっきり出ていたらしい。
先生が笑った。


「授業に行く前に聞いたんだ。だいぶ噂になってるみたいだな」


どうやら先生と話したい噂好きの女子生徒が話のネタにしたらしい。
香菜は深いため息をついた。先生にだけは知られたくなかった。


「佐々木とつき合うことにしたのか」

「違うっ」


思った以上に言い方が強くなってしまい、香菜は気まずくなり先生から目を逸らした。


「そうか…」


そのまま先生との会話は途切れてしまい、重い空気のまま準備室へと着いた。


「ノート、ここでいいですか?」

「ああ」


準備室の中心にある大きな机の上にノートを置いた。
少しでも早くここから立ち去りたかった。また先生に八つ当たりをしてしまうのが怖かった。


「まぁなんだ、人の噂なんてすぐに止むさ。当人たちが気にしないことだ」


準備室から出ようと先生に背を向けていた香菜が振り返る。
先生は窓辺にある机の椅子に腰をかけて微笑んでいた。
目頭が熱くなるのを感じた。心に余裕がなくなってしまっていたのを見透かされてしまった気がした。


「なんだ?竹内はここに来ると泣くんだな」


声を上げて笑う先生の声が愛しかった。
零れる涙はきっと朝からの噂のせいだけじゃない。
俯いて涙を拭い、その場に立ち尽くす。
先生が目の前に立つ気配を感じた。


「泣くなよ。辛くなったら話し聞くから。いつでも来いよ。な?」


少し困った様な先生の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。
そして、頭に大きな手のひらを感じた。


「好き…」


思わず口から零れた一言。
先生の手のひらが頭から離れたのを感じた。

やってしまった。香菜の頭の中はそれだけだった。

香菜は恐る恐る顔を上げる。
そこにあったのは目を大きく見開いて驚いた先生の顔だった。
どこか冷静に想像通りの反応だと思った。


「竹内、気持ちは嬉しい。でも、俺は教師だから。だから…」

「私、あの、分かってます。私も先生とつき合えるとか、そうは思ってないから」

「竹内」

「大丈夫です。気にしないでください。すみませんでした」


香菜は身を翻して逃げる様に準備室から去って行った。
先生はただ去って行く香菜の後ろ姿を見ていることしかできなかった。

今は何を言っても仕方のないことだと思った。


「竹内の『好きな教師』は俺だったのか」


先生は誰もいなくなった準備室で呟いた。
自分の手のひらを見つめる。


「最後までちゃんと話しを聞けって小学校で習わなかったのか?あいつは…」


香菜の去って行った扉を見つめて少し困った様な笑顔を浮かべた。





準備室を飛び出してすぐに始業のチャイムの音が聞こえたが、それでも授業に出る気にはなれなかった。



ああ、どうして言ってしまったんだろう。


後悔ばかりが襲う。涙が止まらない。



今は先生のことしか考えられない。














---コメント---
急展開です。
香菜ちゃん、思わず告白です。
失恋の香菜ちゃん。佐々木君、出番ですよー笑




2012.9.5

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