試合中に怪我をした。
相手選手がカットしてきた足を避けようとして転倒。
転び方が悪かったらしく、靭帯を損傷した。
二年生の夏休み前。
夏には合宿や大切な試合があった。
1か月は試合どころか練習さえもできない。
佐々木隼人にとって怪我以上に苦痛だった。

仲間からもクラスメイトからも落ち込むなよとか、ついてなかったなと励まされたが、隼人にとってそんな事はどうでもよかった。
どうでもよかったが、皆の言葉はありがたかったので笑顔で応えた。
暗い顔をしていたところで怪我が治るわけでもない。
隼人はふうとため息をつきながら席に腰掛けた。


「足、怪我してると大変だね」


隣の席の竹内香菜が話しかけてきた。
今回のこの席替えで初めて隣の席になった。
授業以外は愛内都とか女子と一緒に話をしていて、男子と話をしているところは滅多に見ない。
隼人は人の良い笑みを浮かべた。


「まぁ、ね。立ってるのがこんなに大変なことだと思わなかったよ」


冗談ぽく言うと、香菜はくすくすと笑った。
すると、チャイムが鳴って会話はそこで終わった。


今日の授業が終わって生徒達は教室から去って行く。
隼人は席に座ったまま外を眺めていた。
本来なら今頃はグラウンドでボールを追いかけているころだ。
小学生から続けているサッカーが自分にとってかけがえのないものだと改めて感じた。
自分の代わりに補欠選手が試合に出ると聞いて嫉妬で狂いそうになった。
仕方のない事だと頭では分かっていても心が納得してくれない。
思わず『くそ…』と口から零れた。


「佐々木君?」


隼人は声のした方を反射的に見た。
香菜だった。今のが聞こえたかもと内心ひやりとする。


「竹内さん…どうしたの?」

「委員会の会議があって。今終わったの」


香菜は相変わらずのほほんとした雰囲気で微笑んでいた。
その雰囲気が少し隼人の癇に障った。


「佐々木君は?帰らないの?」

「うん。もう少しここにいるよ」


香菜から目線を逸らして言った。
「そっか」と香菜は言って、帰り支度を始める。


「辛い?」


隼人は香菜を見た。
香菜は首を傾げて、隼人を見ていた。


「なんで?」

「佐々木君の笑顔が辛そうだから…って、余計なお世話だよね。ごめん、忘れて」


香菜は気まずそうに顔を背けた。
隼人は軽く頭を掻いた。そんな風に見られていたのがショックだった。
人に心配かけないようにと明るく振舞っていたのに。


「辛い時はさ、周りにそう言って良いと思うよ。無理に明るくするのも大事だけど疲れちゃうよ」


香菜は自分の鞄を整理しながら隼人に話しかける。


「もし仲のいい人には話せないって言うなら、私でもいいし。聞くよ?」


そう言ってにっこりと香菜は微笑んだ。
隼人は自分にはなかった考えを突き付けられて戸惑った。
そして、香菜の意外な一面を見た様な気がした。


「俺…、そんなに余裕なさそうだった?」


隼人はぽつっと言った。
そんな隼人に香菜は笑って、


「だいぶね」


と言った。
そんな香菜に釣られる様に隼人は笑った。
すると、少し心がすっきりして香菜に話してみようと思った。


「俺さ、今年の夏、頑張れば行きたい大学に推薦で行けたかもしれなかったんだ」


隼人はそっと香菜の様子を伺うと、香菜は自分の席に腰掛けて、隼人の話を聞いていた。
その瞳は真剣で、ちゃんと話を聞いてくれているという安心感を持った。


「でも、この怪我だろ?1カ月は練習も出来ないし、周りにもどんどん差をつけられちゃうよ」


一度口を開いたら、ずっと心に溜まってた弱音が次々と零れ落ちていく。
女の子の前でかっこ悪いと内心苦笑する。


「そっか…。大事な時期だったんだね。でも、怪我が治ったら、またサッカー出来るんでしょ?」


香菜は首を傾げて隼人に尋ねた。
隼人は香菜の一言に目を見開く。隼人は頷くことしか出来なかった。


「なら、また挽回できるよ!だから、今はゆっくり休んで。そうだよ。きっと神様が今は休みなって言ってるんだよ」


香菜がそう力説するものだから隼人は思わず吹き出した。
声を上げて笑う隼人の顔を香菜は満足そうに見ていた。


「はは…竹内さんの言う通りだ」


香菜に話して、今まで悩んでいたことがぱっと目の前から消えた気がした。


「ありがとう」

「どういたしまして」


香菜はにっこりと笑った。
その笑顔に隼人はどきっとした。


「さて、帰ろうかな。佐々木君は?」

「俺も帰ろうかな」

「荷物持つよ」

「悪い。ありがとう」


香菜と隼人は教室を出て行った。
隼人が自分の気持ちに気がつくのはもう少し先のお話し。












2012.10.4

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